「エピゲノム/エピジェネティクス」JST・NEDO公開シンポジウム

2013年4月19日(金)、JST主導のもと、秋葉原駅すぐ近くの富士ソフトアキバプラザにて「エピゲノム/エピジェネティクス」JST・NEDO公開シンポジウム」が開催された。ゲノムサイエンス分野からは油谷浩幸教授、金田篤志准教授が招待講演でトークをし、私と大学院生の船田さやかさんがポスター発表を行なった。参加者層はアカデミア、企業、政府系が入り混じり会場は予想以上に込み合い(定員270人のところに300人以上が参加したそうである)、後方には臨時席が設けられ、立ち見も多く、日本でいかにエピゲノム研究が注目されているか実感させるものであった。

午前中のメインセッションは最初の佐々木裕之博士(九州大学)によるエピジェネティクスの現状についての非常に分かり易いoverview、平野恭敬博士(京都大学)、岡田由紀博士(東京大学・分生研)ら若手のホットなトーク等が繰り広げられた。

平野博士の発表はショウジョウバエの長期記憶(LTM: long term memory)におけるエピジェネティック制御についての内容であった。ショウジョウバエモデルの利点は、高等生物より脳の構造が単純であるため多くのバックグラウンド要因を排除できる点、遺伝学的解析が容易な点、GAL4-UASシステムにより組織特異的な遺伝学・生化学が可能な点が挙げられる。ショウジョウバエはキノコ体(mushroom body)と呼ばれる器官が脳の役割を果たしているが、マウスの脳と同様、記憶が刷り込まれる際にはヒストンアセチル化が亢進する、HDACを過剰発現させることにより記憶効率が下がる、キノコ体の核を精製しChIP-seq解析を行ったところ3つの遺伝子座x、y、zのアセチル化が記憶を植え付けた4日後も更新している、これらをknock-downすると長期記憶の保持ができなくなる、更にはヒストンメチル化酵素aが長期記憶形成、ヒストンメチル化酵素bが長期記憶維持に必須である、という非常に目覚ましい成果が報告された。

岡田博士はマウス精子のクロマチン解析に関する発表だった。精子ではヒストンは多くがプロタミンに置き換わるが、5-20%のヒストンが残り、これが世代を超えたepigenetic inheritance に関わることが示唆されている。精子のChIP-seq解析により、canonical/replication-coupled histoneである H3.1は広範囲にdistributeしているのに対し、replication-independent variantであるH3.3は約2800遺伝子のプロモーターにenrichしていること、これらは主に受精後2-4細胞期に発現が誘導される遺伝子セットであることが報告された。第2次世界大戦下の飢饉に見舞われたオランダの栄養状態の低い母親から生まれた子供は肥満になりやすいという報告例等から、エピジェネティックな遺伝は母から子に伝わり得ると世間一般では理解されているが、この発表内容は父から子へもエピジェネティックな遺伝が起こることを示唆しており、非常に興味深かった。

油谷先生はエピゲノム創薬のoverviewと東大・先端研における産学官連携オープンイノベーション(*)体制での創薬の試みについて紹介し、聴衆の興味を大いに引いたようだった。私はその一部をポスター紹介したが、創薬のストラタジーや共同研究についての相談も多数頂いた。SGC (Structural Genomics Consortium)のように、複数の製薬会社と学術機関が集まり、各国政府がサポートしつつ創薬を推進するのが世界の潮流である。夕方のパネルディスカッションにおいてもSGCを例にとり日本におけるオープンイノベーションの重要性について議論された。

今回、文部科学省系のJSTと経済産業省系のNEDOの連携にも感心した。政府が省庁の壁を越えオールジャパン体制、オープンイノベーション体制の推進をリードしてくれるのは心強い。パネルディスカッションにおいても文科省の成田博氏、NEDOの森田弘一氏が並び、更にその横にの西島和三博士(持田製薬)、油谷先生、梅澤明弘博士(独立行政法人国立成育医療研究センター)、佐々木先生が並び、牛島和俊博士(国立がん研究センター)司会のもと産学官での意見交換・ディスカッションがなされた。西島博士の「創薬においては副作用が懸念されることが多いが、薬が何らかの副作用をもたらすのは当然のことで、benefitとriskのバランスを医者も患者も理解し、リスクを承知の上で使用するスタンスが重要だ。」という意見は印象的で尤もだと納得させられた。政府には今後もこのようなシンポジウムの企画、エピゲノム創薬のための柔軟かつ効率的なコーディネート、支援、政策実行を期待したい。

夜の意見交換会にも60名以上が参加し、活発な議論が飛び交っていた。油谷先生も相変わらずのエネルギッシュぶりで中締めを任され、「エピジェネティクスいつやるの?今でしょ!」と時代の潮流に乗り笑いをとっていた。

* Open innovation (オープンイノベーション): A paradigm that assumes that firms can and should use external ideas as well as internal ideas, and internal and external paths to market, as the firms look to advance their technology”、「自社技術だけでなく他社が持つ技術やアイデアを組み合わせて、革新的な商品やビジネスモデルを生み出すこと。」

米沢理人(東京大学・先端研・LSBM・ゲノムサイエンス分野・特任助教)

意見交換会にて中締めの挨拶をする油谷教授

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