シングルセル解析と機械学習により心不全発症のメカニズムを解明

心不全はがんと並んで世界中で多くの患者の命を脅かす疾患です。心臓に高血圧や弁膜症(心臓の弁の異常により心臓の中で血液の逆流や渋滞が生じる疾患)のような負荷がかかると代償的に心臓は肥大してポンプ機能を維持しようとしますが、慢性的な負荷が続くと心臓機能の低下を引き起こし、心不全を発症してしまいます。その過程で、心臓のポンプ機能の中心を担っている心筋細胞にどのような変化が起きて代償的な肥大から心不全へと移行してしまうのか、これまで詳細なメカニズムはわかりませんでした。

この問題を解決するために、協力研究員の野村征太郎(東京大学医学部附属病院 循環器内科)・佐藤真洋(千葉大学医学部附属病院 循環器内科)と特任研究員の藤田隆教はシングルセルRNA-seq解析(ひとつひとつの細胞の全遺伝子の発現量を定量解析する手法)と機械学習を組み合わせて、心不全モデルマウスや心不全患者さんの心筋細胞の状態を調べました。

その結果分かったことは以下の3点です。

  • 負荷がかかると、心筋細胞は肥大型の心筋細胞になる。
  • 負荷が続くと、肥大型心筋細胞は代償型・不全型という2種類の心筋細胞に分岐する
  • 分岐点においてp53という「がん抑制遺伝子」が活性化すると不全型の心筋細胞になる。

以下に詳しく説明します。

  • 心筋細胞は紡錘状の形をしています。心臓に負荷がかかると心筋細胞は負荷に打ち勝つために肥大(短径が増大します)するとともに、ポンプ機能の維持に必要なエネルギーを生み出すためにミトコンドリア(心筋細胞のエネルギーの源であるATPを産生する装置です)をたくさん作ります。
  • しかし慢性的に負荷を受け続けると、肥大型の心筋細胞は代償型と不全型という2種類の心筋細胞へ分岐します。代償型はミトコンドリアを維持してエネルギーを保っていますが、不全型は十分なミトコンドリアを作ることができずにエネルギー不足となり肥大ではなく伸びきったゴムのように伸長した形になってしまいます。
  • 特に慢性的な負荷によりp53という「がん抑制遺伝子」が分岐点において活性化すると不全型の心筋細胞になってしまいます。この不全型の心筋細胞が多くなると心不全を発症します。不全型の心筋細胞を多く持つ患者さんは、治療に対して良く反応しないこともわかりました。

これらの成果は、心不全発症のメカニズムを明らかにしただけでなく、ひとりひとりの心不全患者さんの特徴を把握する新たな方法として注目され、心不全の精密医療(個別化医療)の実現に貢献するものとして期待されます。

本研究は本学附属病院 循環器内科の小室一成教授との共同研究により行われたもので、英国の科学雑誌Nature Communicationsにて公開されました。

雑誌名: Nature Communications

論文タイトル: Cardiomyocyte gene programs encoding morphological and functional signatures in cardiac hypertrophy and failure.

著者: Nomura S, Satoh M, Fujita T, Higo T, Sumida T, Ko T, Yamaguchi T, Tobita T, Naito AT, Ito M, Fujita K, Harada M, Toko H, Kobayashi Y, Ito K, Takimoto E, Akazawa H, Morita H, Aburatani H, Komuro I.

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