脂肪細胞分化のマスターレギュレーターPPARγがエピゲノム変化を制御することを発見:栄養による体質変化から糖尿病や肥満治療へ新たな期待

メタボリックシンドロームや動脈硬化など多因子の疾患の解明は21世紀の生物医学の大きな課題となっています。肥満を基盤としたメタボリックシンドロームでは、生理機能の破綻した脂肪細胞が原因で、糖尿病、動脈硬化などが発症するというメカニズムが注目されており、脂肪細胞の分化に関わるシステムの動作原理の解明が求められています。
近年、細胞の分化に於いては遺伝子発現や遺伝子配列情報に加え、ヒストン修飾によるクロマチンの変化と遺伝子発現への理解も重要となっています。DNA塩基配列以外のDNAのメチル化とヒストン修飾で維持・伝達される遺伝情報はエピゲノムともよばれ、これらの修飾の違いにより、同一のゲノムを有しながらも200種類の異なった細胞に分化します。それらの修飾は、外来刺激・環境の変化により変動し、様々な生命現象に関与することが示唆されつつあります。皮膚の細胞からiPS細胞が作り出せるのも、遺伝子操作でエピゲノムを変えることが重要と考えられます。
脂肪細胞の分化においては、Peroxisome proliferator-activated receptor γ(PPARγ)とよばれる核内受容体型のリガンド応答性の転写因子が、マスターレギュレーターとも言われ、脂肪合成、脂肪取り込みなど、脂肪細胞の特徴をもたらす多くの遺伝子の転写制御をになうことが知られていました。PPARγの活性化剤はまた、インスリン抵抗性の改善薬として糖尿病の治療に広く用いられています。一方、細胞外分泌蛋白であるWntは細胞を未分化状態にとどめ、脂肪細胞分化では強力な抑制因子として機能します。これらのシグナルは分化と未分化を決定します。しかし核内受容体PPARγやWnt刺激などの刺激に伴うヒストン修飾によるクロマチンの変化はほとんど明らかにされていません。
このたび、国立大学法人東京大学先端科学技術研究センター(東京都目黒区、宮野健次郎所長)の油谷浩幸教授、酒井寿郎特任教授らの研究グループによって、PPARγがエピゲノム制御に大変重要であることが解明されました。
同研究グループはヒトの肥満・生活習慣病に代表される代謝疾患において、エピゲノムが制御するメカニズムの存在の可能性を見いだし、この仮説を検証するため、PPARγの標的遺伝子のゲノムワイド解析(ChIP on Chip)またWntの核内エフェクター蛋白となるβカテニンのChIP on Chipを行い(アメリカ学士院会報誌 2009 Mar23に掲載)、PPARγが複数のヒストンメチル化酵素遺伝子を標的とし、エピゲノム制御に関与することを明らかにしました。 PPARγの標的遺伝子のChIP on Chip解析からは、1200個以上のPPARγの直接の標的遺伝子を同定し、その中から今回新たに、ヒストンのメチル化修飾を行う酵素の遺伝子発現を制御することを明らかにしました。
我々ヒトの細胞では、DNAは8分子のヒストンタンパク質にまきついて、ヌクレオソームという構造をつくります。ヒストンはアミノ酸がメチル化されるなどの修飾をうけ、複製の時にこのヒストン修飾も複製されます。ヒストンH3の9番目のアミノ酸リジン(H3K9と略される)がメチル化されるとサイレンシングに働き、ヒストンH4の20番目のリジン(H4K20と略される)のメチル化は、活性化にもサイレンシングにも働きます。
標的遺伝子のゲノムワイド解析の結果、PPARγによってヒストンH3の9番目のリジン(H3K9)のメチル化酵素は転写レベルで負に、ヒストンH4の20番目のリジン(H4K20)のモノメチル化酵素PR-Set7/Setd8は正に制御される標的遺伝子であることを見いだしました。さらに、細胞の中でこれらの遺伝子の発現を抑制させるRNAi干渉の実験から、H3K9トリメチル修飾は脂肪細胞分化抑制に、そしてH4K20モノメチル化は分化促進に働くことを明らかとしました。
これらの知見はPPARγがこれらヒストン修飾酵素遺伝子の発現を制御し、脂肪細胞の分化をエピゲノムの角度から制御するという新たな制御系を示し、脂肪細胞分化におけるエピゲノムの重要性を示したものです。
肥満を始めとする生活習慣病は多遺伝子疾患であり、環境因子との関わりもまた大きな要因です。こと、生活習慣病は環境により体質が変わるという考え方に基づいています。これまでの研究では遺伝子の塩基配列の変異が病気のなりやすさを決定すると考えられて研究がすすめられてきましたが、特にエピゲノムという考え方により、栄養が体質を変えるという新たな考え方がもたらされつつあります。PPARγの下流に、脂肪細胞分化において重要な2つのエピゲノム修飾酵素が発見されたことで今後糖尿病や肥満の治療への重要性も明らかにされていくことが期待されています。

Wakabayashi K, Okamura M, Tsutsumi S, Nishikawa N, Tanaka T, Sakakibara I, Ihara S, Hashimoto Y, Hamakubo T, Kodama T, Aburatani H, Sakai J. PPARγ/RXRα Heterodimer Targets Genes of Histone Modification Enzymes Setd8 and Regulates Adipogenesis through a Positive Feed-Back Mechanism Mol Cell Biol

Okamura M, Kudo H, Wakabayashi K, Tanaka T, Nonaka A, Uchida A, Tsutsumi S, Sakakibara I, Naito M, Osborne TF, Hamakubo T, Ito S, Aburatani H, Yanagisawa M, Kodama T, Sakai J. (2009) COUP-TFII acts downstream of Wnt/βcatenin signal to silence PPARγ gene expression and repress adipogenesis. Proc Natl Acad Sci U S A. 106, 5819-5824.

カテゴリー: ニュース パーマリンク