Wnt蛋白による脂肪細胞分化の抑制機構の転写シグナルとエピゲノム解析

システム生物医学(酒井研究室)の岡村研究員とゲノムサイエンスの若林賢一研究員、野中綾研究員らはWnt/β-cateninシグナルによる脂肪細胞分化制御の動作原理の一端を明らかにし、3月23日版のProc Natl Acad Sci U S Aのオンライン版に掲載されました。
脂肪細胞は、栄養摂取と栄養消費などの代謝変動に対応し、過剰な栄養分を脂肪としてエネルギーを貯蔵する重要な組織です。エネルギーバランスが崩れ、脂肪組織への過度な脂肪蓄積は肥満や生活習慣病を引き起こします。脂肪細胞分化の過程においてWntシグナルは強力な分化抑制シグナルであることが知られています。Wntは細胞外分泌蛋白で脂肪分化を抑制する一方、骨分化では促進的な役割を担います。実際、Wnt受容体であるLRP5の遺伝子異常による機能低下は個体レベルで骨密度の低下を引き起こします。しかし、 Wntが脂肪細胞分化を抑制する分子メカニズムはこれまで明らかではありませんでした。
私たちは、細胞外分泌蛋白であるWntが脂肪細胞分化を抑制するメカニズムを、トランスクリプトーム解析とChIP on Chipを融合させたシステム生物学的な方法により解析を試みました。脂肪細胞分化のモデル細胞である3T3L1細胞でのトランスクリプトーム解析から Wntは核内受容体の一つであるCOUP-TFIIを強く誘導すること、そしてこの細胞でのβカテニンのChIP on ChipからCOUP-TFIIがWnt/βカテニンの直接の標的遺伝子であることを、まず明らかにしました。βカテニンは、WntがLRP5に結合すると細胞質にある核蛋白TCF7L2と核内で複合体を形成して転写活性化能を示す蛋白です。COUP-TFIIの3T3L1への強制発現は脂肪細胞の分化を抑制し、逆にRNA干渉によりCOUP-TFIIの発現を低下させると脂肪細胞に分化しやすくなりました。
さらにCOUP-TFIIが脂肪細胞分化を制御するメカニズムを解析するために、COUP-TFII 抗体を用いたChIP on Chip解析の結果、COUP-TFII は脂肪細胞分化のマスターレギュレーターであるPPARγ遺伝子の開始コドンを含むエキソン直後のイントロンに結合することを見いだしました。COUP-TFIIは如何にPPARγ遺伝子発現を抑制するでしょうか?ヒストン脱アセチル化酵素複合体の1つであるSMRTはCOUP- TFIと複合体を形成すると報告されており、今回ChIPによりSMRTがPPARγのイントロン領域にリクルートされていること、そして RNA干渉によりSMRTの発現を低下させると、COUP-TFIIによる脂肪細胞分化抑制が解除されることを見いだしました。
このことは、COUP-TFIIがPPARγ2遺伝子上でヒストン脱アセチル化酵素複合体のひとつSMRTと複合体を形成すること、PPARγ遺伝子上にリクルートされ、PPARγ遺伝子を脱アセチル化することを示すものです。
以上より、細胞外分泌蛋白であるWntが脂肪細胞の分化を抑制するメカニズムとして、核内受容体COUP-TFIIを介し、脂肪細胞のマスターレギュレーターであるPPARγ遺伝子発現をヒストンの脱アセチル化を介して抑制する一連のメカニズムを明らかにしました。

 

COUP-TFII acts downstream of Wnt/β-catenin signal to silence PPARγ gene expression and repress adipogenesis. Okamura M, Kudo H, Wakabayashi K, Tanaka T, Nonaka A, Uchida A, Tsutsumi S, Sakakibara I, Naito M, Osborne TF, Hamakubo T, Ito S, Aburatani H, Yanagisawa M, Kodama T, Sakai J. Proc Natl Acad Sci U S A. in press (2009).

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