癌におけるエピジェネティクス

概要

ゲノムDNA塩基配列そのものではなくその修飾要素として細胞分裂の際に娘細胞に維持・伝達される情報をエピジェネティクスと呼び、DNAメチル化、ヒストン修飾、ゲノムインプリンティングなどが含まれます。この現象は、発生・分化において遺伝子発現を制御する重要な役割を果たし、その異常は癌を初めとするさまざまな疾患に関わることが報告されています。

癌に関与するエピジェネティクス

IGF2遺伝子は父方アリルのみ発現し母方アリルはサイレンシングされているインプリンティング遺伝子であり、その調節にアリル間でメチル化状態の異なる領域DMRのメチル化やインスレーター結合蛋白CTCFの結合などが関わっています。様々な腫瘍で両アリルとも発現する異常(loss of imprinting, LOI)が認められるが、成人の5-10%では正常組織においてもLOIが起きており、発現量がたかだか2倍に上昇する異常にすぎないIgf2遺伝子LOIが腸管腫瘍発生のリスク因子です。この正常細胞に蓄積するエピジェネティクス異常に対し、IGF2の受容体を阻害する薬剤を投与することで、LOI(+)特異的に腫瘍発生リスクを下げることが可能であることをマウスモデルにて証明しました。このメカニズムは、新たな癌リスクマネジメントのターゲットになると思われます。

DNAメチル化と癌

遺伝子プロモーター領域DNAが異常メチル化すると、メチル化CpG結合蛋白(MBD)を介してヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)やヒストンメチル基転移酵素(HMT)が集積し、クロマチン凝集により遺伝子発現を不活化します。このような遺伝子サイレンシングは癌抑制遺伝子不活化の主要なメカニズムの一つとなっており、こうした癌におけるエピジェネティクス異常をマーカーに用いたエピゲノム解析により、癌の層別化や新規癌抑制遺伝子の同定などが可能になると考えられます。本研究室では、従来のバイサルファイト法によるDNAメチル化解析に加え、質量分析器(MassARRAY)やマイクロアレイ(Infinium)を用いた新しい手法でこれらの解析を進めております。