発表のポイント
- 全国12施設が参加する新たながん遺伝子パネル検査の研究基盤「TOP-MOAD PATH」が本格稼働し、1,502症例分のGenMineTOP施行例のゲノム・臨床データを統合しました。
- 保険診療のがん遺伝子パネル検査GenMineTOPにおいて、詳細な治療経過・1,389遺伝子の発現情報を含むゲノムデータ・病理画像を紐づけて研究できる仕組みを国内で構築しました。
- 様々な固形がんにおける遺伝子変異、発現・病理・免疫の情報を統合解析し、新たな診断・がんの病態解明・治療法の開発を目指します。
発表概要
東京大学を中心に、がんに関連する多数の遺伝子を一度に調べるがん遺伝子パネル検査Todai OncoPanelを開発し、2023年8月に「GenMineTOP」として保険適用されました。GenMineTOPはDNAとRNAを解析し、DNA解析だけでは検出しにくい融合遺伝子などを効率よく捉えられることが特長です。一方、得られる情報の一部は診療用レポートには反映されず、研究への活用が課題でした。そこで、GenMineTOP施行例について、個別の治療経過、詳細なゲノムデータ、1,389遺伝子の発現情報、病理画像を患者ごとに紐づけて解析する研究基盤「TOP-MOAD PATH」を構築しました。2026年9月時点で全国12施設が参加し、5施設から収集した1,502症例のデータ統合を完了して本格稼働しています。今後、大腸癌や子宮体癌をはじめとする様々な固形がんで、遺伝子変異、遺伝子発現、病理、免疫の情報を統合解析し、病態の解明と新たな診断法・治療法の開発につなげます。本成果は2026年9月25日、第85回日本癌学会学術総会公募シンポジウム9(京都)で発表しました。
発表内容
1.研究の背景
全国の医療機関では、がん組織中の多数の遺伝子を一度に調べる「がん遺伝子パネル検査」が保険診療として行われ、その結果は国立がん研究センターの「がんゲノム情報管理センター(C-CAT)」に集約されています。C-CATには7年間で累計14万例を超えるデータが蓄積され、年間約3万例のペースで増加しており、日本のがんゲノム医療を支える重要な基盤となっています。
東京大学を中心に、私たちは国内で検査を完結できるがん遺伝子パネル検査「Todai OncoPanel」を開発し、2023年8月から「GenMineTOP」として保険適用されています。GenMineTOPでは、がん組織と正常血液を用いて737遺伝子をDNA解析するとともに、455遺伝子を対象とするRNA解析により、DNA解析だけでは見つけにくい融合遺伝子などを検出します。また、1,389遺伝子の発現情報が得られますが、診療用レポートで扱われるのはその一部です。C-CATでは審査を経た研究利用が可能ですが、詳細な治療経過の追加収集、レポート記載外のゲノムデータ、病理画像、残余検体(注1)を組み合わせた解析には制約があります。
2.研究成果
そこで、GenMineTOP施行例を対象に、詳細な治療経過、ゲノム・遺伝子発現データ、病理画像、残余検体による追加解析データを、患者ごとに研究用IDで紐づける研究基盤「TOP-MOAD PATH(Todai OncoPanel and Multi-Omics Analysis with Digital PATHology)」を構築しました。
専用の症例登録システム(EDC)では、C-CATに登録される基本情報に加えて詳細な治療経過を収集し、ゲノムデータはクラウド上のcBioPortalで管理・可視化します。さらに、残余検体を用いた全ゲノム・全エクソーム解析、RNAシークエンス、多重免疫組織化学染色(注2)などにも展開できます。同じホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)検体の連続切片を用いることで、検体内の部位差の影響を抑えながら各解析結果を対応づけられることも特長です。(図1)
2026年9月時点で全国12施設が参加し、2施設が参加を予定しています。5施設から収集した1,502症例のデータ統合を完了し、専用EDCとcBioPortalはいずれも稼働しています。同月には倫理審査の変更申請が承認され、承認された通知・オプトアウトの枠組みのもとで対象症例を拡大できる体制を整えました。(図2、図3)
子宮体癌では、POLE遺伝子変異、ミスマッチ修復欠損、p53異常などに基づく分子分類(注3)が用いられますが、同じ分類内でも細胞の性質、免疫環境、治療反応性は多様です。私たちが発表した高異型度子宮体癌81例のゲノム・遺伝子発現解析では、RNA発現パターンから3つのグループが得られました。これらは既存の分子分類を横断し、組織学的な分化形質や腫瘍免疫微小環境の違いと関連していました。こうした先行研究をもとに、TOP-MOAD PATHでは、より多数の症例について、治療内容や治療効果などの臨床情報と、遺伝子変異、遺伝子発現、AIによる病理画像解析、免疫環境を同一患者で統合し、免疫チェックポイント阻害薬(注4)を含む治療への反応性に関わる腫瘍の特徴を探索します。なお、これは今後検証すべき研究仮説であり、現時点で確立された診断法ではありません。
3.今後の展望
がん種横断的な解析に加え、子宮体癌、大腸癌、肺癌、脳腫瘍、乳癌、胆膵癌などに同じ解析枠組みを広げ、バイオマーカーや新たな治療標的の探索、コンパニオン診断薬・治療法の開発につなげます。参加施設は今後も拡充を予定しています。本研究の一部は2026年9月25日、第85回日本癌学会学術総会公募シンポジウム9(京都)で発表しました。

図1:GenMineTOP施行例を中心としたゲノム解析研究体制の構築 全国12施設が参加し、5施設から収集した1,502症例のデータ統合を完了しました。約25,000例の登録を目標に、臨床情報とゲノムデータを扱う研究基盤を運用しています。

図2:残余検体を活用したマルチオミックス解析 残った組織・血液も活用しながら、ゲノム、遺伝子発現、タンパク質、病理画像などを組み合わせて解析します。

図3:参加施設マップ 研究実施施設と参加予定施設の一覧
学会発表
学会名
第85回日本癌学会学術総会 公募シンポジウム9
発表タイトル
大規模患者検体を活用した分子プロファイリングと国際共同トランスレーショナルリサーチの推進
発表者
織田 克利1、小川 弥穂2、渡邊 広祐2、加藤 元博3、鹿毛 秀宣4、高阪 真路5、衣斐 寛倫6、加藤 真吾7、望月 仁8、神田 慎太郎9、西原 広史10、森部 豊輝11、辰野 健二12、佐谷 秀行13、油谷 浩幸12、TOP-MOAD PATHコンソーシアム14
1.東京大学大学院医学系研究科 統合ゲノム学分野
2.東京大学大学院医学系研究科 次世代プレシジョンメディシン開発講座
3.東京大学 小児科
4.東京大学 呼吸器内科
5.国立がん研究センター研究所 細胞情報学分野
6.愛知県がんセンター研究所 がん標的治療トランスレーショナルリサーチ分野
7.横浜市立大学附属病院 がんゲノム診断科
8.山梨県立中央病院 ゲノム解析センター
9.信州大学医学部附属病院 信州がんセンター
10.慶應義塾大学医学部 がんゲノム医療センター
11.株式会社GenMine Labs
12.東京大学先端科学技術研究センター ゲノムサイエンス&メディシン分野
13.藤田医科大学 腫瘍医学研究センター
14.TOP-MOAD PATHコンソーシアム:他の参加施設(予定を含む)
神奈川県立がんセンター
横浜市立大学附属市民総合医療センター
関西医科大学附属病院
国立成育医療研究センター
静岡県立静岡がんセンター
広島大学病院
発表日
2026年9月25日(金)
関連論文
雑誌名
Cancer Research Communications
論文タイトル
Genomic and Transcriptomic Analysis of High-Grade Endometrial Carcinoma Reveals Biological Heterogeneity and Molecular Classification Challenges
著者
Masahito Kawazu*, Ayumi Taguchi, Emiko Yoshida, Hiroshi Yoshida, Masaya Uno, Satoshi Inoue, Yoko Yamamoto, Shingo Sakashita, Toshihide Ueno, Yuki Nakamura, Jason Lin, Shinya Kojima, Katsushige Kawase, Aya Ishizaka, Suguru Miyata, Motohiro Kojima, Masako Ikemura, Kenbun Sone, Mitsuya Ishikawa, Tomoyasu Kato, Hiroyuki Mano, Yasuhisa Terao, Katsutoshi Oda*(*責任著者)
DOI
掲載日
2026年4月28日
研究者
織田 克利(東京大学 大学院医学系研究科 統合ゲノム学分野/東京大学医学部附属病院ゲノム診療部)
小川 弥穂(東京大学大学院医学系研究科 次世代プレシジョンメディシン開発講座)
渡邊 広祐(東京大学大学院医学系研究科 次世代プレシジョンメディシン開発講座)
油谷 浩幸(東京大学先端科学技術研究センター ゲノムサイエンス&メディシン分野)
共同研究機関
株式会社GenMine Labs
研究助成
本研究は、GenMine Labs株式会社との共同研究、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「ゲノム研究を創薬等出口に繋げる研究開発プログラム」の研究開発課題「マルチオーム解析によるがんゲノム医療の精緻化」(JP21km0908001)、AMED「医学系研究支援プログラム(東京大学医学部附属病院 研究競争力向上計画)」(JP256f0137004j0001、JP256f0137004j0002、JP256f0137004j0003)、ならびに日本学術振興会科学研究費助成事業 基盤研究(B)(24K02584)の支援を受けて実施しました。
用語解説
(注1)残余検体
診断や診療上の検査に使用した後に残り、所定の手続きを経て研究に利用される組織や血液などの検体。
(注2)多重免疫組織化学染色
同じ組織切片上で複数のタンパク質や免疫細胞の指標を同時に検出し、その種類、量、分布や位置関係を調べる手法。
(注3)分子分類
遺伝子変異などの分子学的特徴に基づいて、がんを生物学的性質の異なるグループに分類する方法。
(注4)免疫チェックポイント阻害薬
がんによって抑えられた免疫反応を再び活性化し、免疫細胞によるがんへの攻撃を促す治療薬。



