近年、ヒトのゲノムから長鎖非コードRNA(long non-coding RNA, lncRNA)と呼ばれるたんぱく質をコードしないRNAが多く転写され、発生や疾患、がんの進展に寄与することが知られています。しかし、低栄養環境下でのがんの進展や血管新生に関与するlncRNAは未だ明らかにされていませんでした。
近藤彩乃博士(ゲノムサイエンス分野)は、システム生物医学分野の大澤毅特任助教との共同で、以前大澤らが報告した低栄養下で発現誘導され、血管新生やがんの増殖を制御するヒストン修飾因子(JHDM1D/KDM7A)の上流で転写される新規lncRNA JHDM1D-AS1に着目しました。エピゲノム解析とゲノム編集技術を用いた解析から、JHDM1D-AS1はJHDM1Dとプロモーター領域を共有し低栄養下で共に発現誘導されること、正常組織と比較しがん組織において高発現していることを明らかとしました。さらに、培養細胞とマウスを用いた解析から、JHDM1D-AS1を高発現したがん細胞が免疫細胞や血管内皮細胞と増殖因子によるクロストークを促進してマクロファージ系細胞の浸潤や腫瘍血管新生を亢進させること、JHDM1D-AS1ががんの増殖や患者予後に寄与することを明らかにしました(図)。
近年、がん細胞の生存や悪性化メカニズムとして、低酸素や低栄養などの周辺環境に応じたトランスクリプトーム変化が着目されています。本研究により得られた知見は、たんぱく質をコードする遺伝子だけではなくたんぱく質をコードしないlncRNAが、低栄養下でがんの進展や血管新生に関わることを初めて示唆するもので、低栄養環境におけるがん細胞のlncRNAに着目した新しいメカニズムに基づく新規創薬に繋がることが期待されます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Molecular and Cellular Biology』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(6月26日付け:日本時間6月27日)に掲載されました。
雑誌名:「Molecular and Cellular Biology」
論文タイトル:Long non-coding RNA JHDM1D-AS1 promotes tumor growth by regulating angiogenesis in response to nutrient starvation
著者:Ayano Kondo, Aya Nonaka, Teppei Shimamura, Shogo Yamamoto, Tetsuo Yoshida, Tatsuhiko Kodama, Hiroyuki Aburatani and Tsuyoshi Osawa
ウェブサイト:
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28652266
http://mcb.asm.org/content/early/2017/06/22/MCB.00125-17.long
低栄養下のがん細胞で発現誘導されるJHDM1D-AS1はマクロファージ系細胞の浸潤及び血管新生を増加させることでがんの生存や進展に寄与する。